オープンソースソフトウェアプロジェクトの運営において、寄付は重要な要素であると言われています。Eclipse では、寄付した人に対する特典として、バグ報告等を行うための Issue Tracking System において、寄付をした人の名前の横に "Friends of Eclipse" というバッジ(以下、寄付バッジ)が表示されるようになっています。
この寄付バッジ自体にはそれ以上の意味は用意されていないのですが、開発者がそれを見てそのバグ報告を優先して取り扱うなどの行為が起きるのではないか?という仮説を立てて調査を行いました。IEEE Software という雑誌に掲載が決まっており、既に公式サイトには著者最終版が上がっています。
この調査では、統計的因果推論という手法を使っています。バグ報告者のうち、寄付バッジを持っている人たちのグループと、同じぐらい働いている人が寄付バッジを持っていない人たちを抽出し、彼らのバグレポートに対して最初に返事が返ってくるまでの時間を分析しました。以下は、寄付バッジという仕組み自体が導入される前後での2つのグループに対する返答時間を図示したものです。
横軸が時間で、 Before が寄付バッジ導入前、After が寄付バッジ導入後です。縦軸がバグレポートへの返答の時間で、Response trend in donors が寄付した人たちのバグレポートに関するもの、Response trend in control group が対照群です。
この図を見ると、寄付バッジ導入後、両方の群で返答時間は早くなっています。2つの群で、だいたい同じぐらい返答時間が早くなりそうなところ、寄付バッジを持っている人たちのバグレポートに対する返答のほうはさらに早くなっているので、その差が寄付バッジの効果だろうと推測されます。実際の差は2時間ぐらいなので、非常に大きいというわけではないのですが、誰かに強制されたわけでもないのに効果が出てしまうという点が面白いところです。
この結果に関連して、Eclipse の開発者の人たちは寄付バッジをどう思っているか、 Eclipse Foundation に協力していただき、 Eclipse コミュニティの皆さんにアンケートを取ることができました。この結果は、ソフトウェアエンジニアリングシンポジウム 2018 の一般論文として報告しています(著者版はこちら)。大事なところだけ要約すると、以下の通りです。
- バグレポートを読む、バグレポートにコメントする、バグを修正するどの段階でも、自分がよく知っているコンポーネントに対するものや、深刻度が高いものを優先する。
- 誰がそのバグレポートを書いたのか、寄付バッジを持っているかは、重要ではない。
- 寄付バッジに対しては friendly と感じる人が多く、knowledgeable とか respected と感じる人は少ない。
開発者が「誰が言っているか」ではなく「何を言っているか」を見ていることは、開発者たちの素晴らしい姿勢だと思います。それにも関わらず寄付バッジによって実際には返答時間が早くなっているので、2時間の差は、開発者が寄付バッジを見て「親しみを感じる」ことによって無自覚に行動が早くなった影響なのかもしれません。
開発者間のコミュニケーションを円滑に進めるのに、寄付バッジという簡単な表示だけでも効果があったという点は、開発環境を取り巻く制度設計も重要であることを示唆していると思います。研究としては、今回のように「この制度が効果があった」ことを調べるのは可能ですが、「効果がありそうな制度」を考えるのは難しいところですので、今後も多くのプロジェクトでの成功例・失敗例を収集、分析していく必要がありそうです。